比較家族史学会第55回研究大会を終えて

2013年6月14日金曜日から6月16日日曜日にかけての三日間、香川大学において、比較家族史学会主催、環境史研究会および香川大学地球ディベロプメントサイエンス国際コンソーシアム共催で、「環境と家族」と題した研究大会を開催した。本大会には、比較家族史学会会員45名、環境史研究会会員9名(両方の学会に所属している会員はどちらかで数えている)、一般参加者7名、学生101名、大学院生4名の総勢166名の参加を得た。学会が重なったにもかかわらず、地方の大学で行なった全国レベルの学会としては盛況であったと考える。

ご存知のように、比較家族史学会が創設されたのは1982年である。1996年から2006年まで刊行され20巻を数える『シリーズ比較家族』その他の編著刊行物のほか、1996年には『事典家族』が刊行され、さらに増補版が計画されている。また、学会誌としての『比較家族史研究』は今年度で27号を数える。この重厚な研究蓄積は、「家族史」の専門研究の広がりと深さと精密さを実感させる。しかし他方で、次第にスタンダードな学問として定着する過程において、創設時のような熱気は感じさせなくなっているようにも思う。

海外の動向を見ても同様である。Journal of Family Historyが創刊されたのは1976年であり、そこから分離した形で新たな家族史の専門雑誌The History of the Familyが刊行されたのはその20年後の1996年である。このどちらの学会誌にも関わり、とりわけ、後者の創設に尽力したタマラ・ハレヴン(Tamara K. Hareven : 1937-2002)が世界の家族史研究を総括し記したFamilies, History, and Social Change. Life-Course & Cross-Cultural Perspectivesが刊行されたのは2000年であった。アメリカ合衆国で家族史研究が芽生えたのは1960年代とされている。黒人の公民権運動や女性解放運動が次第に社会問題の中核に据えられていった時代である。家族史研究は「いまの家族」の問題と密接に絡みながら歩んできた。それにはピークがある。ヨーロッパにおいても「家族」が社会問題の中心として捉えられ、社会史研究の主流となっていったのが1980年代であった。ウィーン大学のミヒャエル・ミッテラウアー(Michael Mitterauer : 1937-)が同大学の社会経済史研究所で人々の生活記録の聞き取りが蓄積され始めたのが1983年であった。3,000人にも及ぶオーラルヒストリーが集められた。

ところで、タマラ・ハレヴンがJournal of Family Historyから離れ、新たな雑誌を創刊したのには理由がある。ここでは詳しく言及できないが、少なくとも指摘しておきたいことは、創設時の熱気は家族史研究が学術研究として定着すると同時に次第に沈静化し、新たな息吹を吹き込もうとしていたことである。しかし彼女は、2002年に65歳で急逝してしまった。それからすでに10年以上が経過している。お亡くなりになる2年前に、アムステルダムで開催されたヨーロッパ社会科学歴史学会の際に、ゆっくりお話をする機会を得たが、家族史研究と共に歩まれたその生涯の重みを感じる対話を今も思い出す。2002年から2003年にかけて、ベルリン自由大学で比較家族史の講義をする機会を得たが、彼女への哀悼の念からその内容を構成した。

さて、本大会で共催をした環境史研究会は、2009年に第1回国際環境史学会を受けて創設された東アジア環境史協会の日本分科会のようなものである。今年の10月には第2回東アジア環境史学会が台湾で開催される。今の環境史研究は、家族史研究が1970年代80年代に有していた熱気を体感している。

「家族」を通した社会へのまなざしが、世界中の研究者を巻き込む熱気となった家族史研究は大きな曲がり角にあるようにも思う。今回の大会での報告においては、14日金曜日に開催された藤原辰史氏(『ナチスのキッチン』第1回河合隼雄学芸賞受賞)を招いてのラウンドテーブル「環境史と家族史との対話」、比較家族史研究の研究蓄積の延長線上に位置づけられる企画セッション1「災害・資源と家族」、そしてアカデミズムの世界とは異質なものとしてセッティングした企画セッション2「グリーンツーリズムと家族」、ここでは、民間で活躍されている方々をお呼びした。そして、家族史研究と環境史研究の中間にバランスよく位置づけられる基調講演をして頂いた峰岸純夫氏の「自然災害と家族」という構成であった。さらに、4本の自由論題報告も大会のテーマである「環境と家族」にいろいろな意味で関係する報告を得ることができた。

「家族」を通して何が見えるかという問題設定から、「キッチン」、「民宿」、「Web」、「災害」などを通して「家族」をいかに見ることができるかという新たな問題設定へのきっかけを作ることのできた大会であったと思う。

この大会の三日目16日の午後2時から4時まで開催した総合討論「環境と家族:今後の展望」において、「このテーマと構成で果たしてうまくいくかどうかという危惧を払拭できた」という森副会長のコメント、そして大会を終えるにあたって、会長がお身内のご不幸により欠席されたため、最後の挨拶をして頂いた服藤副会長の「長い研究大会ですべてのセッションを聞き続けても新鮮さに疲れることがなかった」というお言葉を得たことは大会運営を行なった者として望外の喜びであった。これは、講演者、報告者一人一人の営為の賜物であり、今後も比較家族史学会に新たな息吹を吹き込んで頂けるであろうと確信する。

最後に、この大会の運営にあたって尽力して頂いた大会運営委員会・副委員長・廣嶋清志氏、同委員・奥山恭子氏、同じく原直行氏、服藤早苗氏ならびに米村千代氏、さらに香川大学の大会スタッフ・塩津裕太、森幸代、奥村浩基、長原有紀、片岡恵、村山倫子の諸氏にこの場を借りて感謝の意を表したい。また、大会運営経費の面では、学会からの支援に加えて、香川大学新領域・組織連携経費「新たな水文化・環境構築を目指すジオコミュニケーション学の地域・海外発信」(代表:寺尾徹)の支援を受けたことをここに記しておきたい。

2013年6月17日

大会運営委員長 香川大学 村山 聡

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